10.熱海温泉の歴史

現在は日本の有名な温泉の一つとなっている熱海温泉ですが、ここからはその熱海温泉の歴史について見ていくことにしましょう。
現在は私達一般庶民も多く訪れる熱海温泉ですが、かつては文人の利用が多かったと言われています。熱海は歴史的にも古い温泉です。それでは熱海温泉にはどれくらいの歴史が有るのでしょうか。熱海温泉の起源はおよそ1500年前の昔に遡ります。仁賢天皇の時代、海中から熱湯が噴き出して魚が爛れ死ぬのを近郷の者が発見し、それ以来「熱い海」であることから、熱海と名付けられたと言われています。また天平宝字の頃に、箱根権現の万巻上人が、この「熱い海」のせいで不漁に苦しむ漁民たちを救済すべく、祈願を行なって源泉を海中から現在の山里に移した、といったような伝説も残されています。
江戸時代には徳川家康も熱海温泉に来湯しています。それ以来、熱海温泉は徳川家御用達の名湯として名を馳せせました。更に徳川幕府三代将軍徳川家光以降に、熱海の湯を江戸城に献上させる「御汲湯」を行わせたと言われています。
そして明治維新以降は文人墨客が多く訪れています。そして多くの文学作品がこの熱海温泉、及び熱海を舞台に描かれています。それらの作品の中で代表的なものは、尾崎紅葉の「金色夜叉」でしょう。この作品によって、一躍熱海は全国区のものとなりました。他の文学作品には永井荷風の「冬の日」、及び林芙美子の「うず潮」等が有ります。文人の創作意欲をそそる雰囲気が、熱海温泉には有ったということでしょう。
昭和30年代に入ると、熱海温泉は新婚旅行のメッカとなりました。当時は白いドレスに白のスーツケースを持った、すぐそれと分かるアベックで賑わっていました。また高度経済成長期には、熱海温泉は積極的に団体旅行を誘致するようになりました。とは言えその頃から熱海温泉の賑わいにも徐々に翳りが見え始めます。例えば熱海温泉が団体観光客を数多く呼び込んだため、その客目当てのストリップ劇場や風俗店が増え、その結果熱海温泉のイメージの低下を招くことになりました。また1964年には東海道新幹線が開通したことによって、東京と近隣の観光客は、容易に遠方の観光地へと出向けるようにもなりました。こうした事情が重なって、熱海温泉では家族連れの客離れが進んでいきました。また90年代のバブル経済以降は熱海温泉の団体客は減り、熱海温泉は以前ほどの集客は望めなくなり、休館している旅館が目立つようになりました。また熱海温泉ではそれによって町が寂れた印象を与え、更に客離れが進んでしまうという悪循環に陥りました。近年の温泉ブームに乗って熱海温泉でも個人客は徐々にではありますが増えつつあります。ですが目の肥えた客を繋ぎ止めるためには、熱海温泉の従来の蓄積に乗っかったままではなく、また旅館・ホテル側も相当の企業努力が求められる現状にあります。
もっとも特に2008年以降は、ガソリン価格の高騰、都心からの交通網の豊富さ、それに猛暑等の影響に伴って、熱海温泉は手頃な温泉地、そしてリゾート地として、再び脚光を浴びるようになっています。また近年の新幹線通勤の広がりに伴って、特に高額所得者が熱海に温泉付の自宅を構えて、そして都内等へ新幹線で通勤するという光景も多く見られるようになっています。
こうして僅かではありますが、熱海温泉も再び注目を集めるようになっています。熱海温泉は嘗ての輝きを取り戻すことができるのか、注目が集まっています。
ところで熱海温泉は嘗ては歓楽街の代名詞でもありました。熱海温泉が嘗ては日本を代表する歓楽温泉として栄華を誇ったことから、その後日本の各地で歓楽街として発展した一部の温泉を「○○の熱海」と宣伝していたことがあります。言わば「○○のメッカ」とよく使うのと同じような感覚でしょうか。もっともこれらの温泉街も近年の熱海温泉と同様に、バブル経済の崩壊、レジャーの多様化等の事情により客離れが進んでいます。各地の温泉街、そしてそ或る意味ご本家とも言える熱海温泉は、復活できるのでしょうか。私達も注目し続けることにしましょう。

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最終更新日:2014/10/16